卒業生の声

◆好きなきものや和裁を、違った角度から見つめてみました。
小さい頃から、きものが好きでよく着ていたと記憶しています。高校を卒業するときに、好きなきものに携わる仕事ということで、和裁の技術を学ぶ加藤和裁学院に入ったんです。いろいろとつらいこともありましたが、今となってはいい思い出です。若いことと、きものが好きだったから、いつのまにかやり遂げてしまいました。
5年間お世話になり、その後はほかの卒業生と同じように、(株)加藤和裁さんから仕立ての仕事を頂いて、自宅で和裁の仕事を続けていたんです。けれど、きものや和裁という文化を、別の面から見たくなって呉服チェーン店の三松、そして池袋の西武で、まったく『逆の立場』で、きものに関わるようになったんです。お客さんからの注文を聞いて仕立ての仕事を振り分けたり、それを検品することをやるようになったんです。「縫う」だけではない和裁、着る人により近づいた「きもの」を自分で体験できました。一言でいうと、縫う人と着る人の仲立ち役ですよね。縫い上げられた着物は、人に着てもらって初めて、「きもの」になるわけですから・・・。
この仕事に、加藤和裁さんで学んだ、和裁の専門的な知識や経験、『目』が十分に役立ちました。加藤和裁の卒業生としては、私のようなケースは珍しいでしょうが、「和裁」「きもの」がより深くわかったような気がしています。
増田幸枝
1959年5月12日生まれ。高校卒業後、加藤和裁学院に入学。5年間の在学中に国家検定2級を取得する。その後は、池袋西武の呉服売場などで活躍、現在は専業主婦。
竹末ひろみ
1965年3月26日生まれ。1991年3月に和裁一級技能士を取得。技能グランプリ(全国一級技能士の競技大会)に千葉県代表として2年出場。1996年には、見事準優勝に輝く。当学院教師として勤務の後、独立、結婚。
◆日本の伝統美を創る「和裁」を追求し、それを人に伝えていきたい、これが夢です。
きものには、はやりすたりがないから、落ち着いた気持ちで、「和裁」に取り組むことが出来ます。歴史が築いてくれた文化、日本固有の文化が醸し出す魅力があるからだと思います。だから、私は十年以上も和裁に取り組んでいますけれど、全然飽きないし、毎日新しい発見ばかりです。
私は、『縫うこと』が好きでこの世界に入りました。それまで他の学校で学んでいたんですけれども、もっと、自分の技術を高めたくて、自分の作品に満足できなくて悩んでいた時に、加藤先生に出会い、その技術の高さや熱意に魅せられて、『転校』してきたんです。
ここには、私を満足させてくれるものがありました。専属和裁士として、経済的な面でもフォローしてくれますし、加藤先生の技術は素晴らしいものです。また、一級和裁士の集まりである「藤工房」は、私にとっても励みとなり、刺激にもなっています。ここでもっと勉強して、納得いくまで自分の技能を高めていきたいと思っています。なぜかって聞かれると、よくわかりませんが、和裁は奥が深いんです。私は和裁が好きですし、縫うことによって得られる満足感が最大の魅力だと思います。
◆まだ、半人前かもしれないけど、もっといいものを創りたいという気持ちは負けません。
私は、高校卒業後、入学しました。母が習い事で和裁をやっていましたし、小さい頃から「ものを創ること」が好きだったこともありますね。
私は、「プロコース」に入ったんですけれども、最初は縫うことよりも着物を着ることから教えてもらいました。それから、徐々に針で縫うことに入っていきました。この頃は、あまり面白くなかったんです、はっきり言って。けれど、その後、きものの下着類や浴衣などが作れるようになり、「私が求めていたのはこれだ」って感じて、「和裁」の面白さが身をもって、わかるようになりました。反面、その難しさが身にしみてきました。なんっていうのか、伝統の重みというか、本当に奥が深いんです。私も二年間、授業を受けて、三年目からは(株)加藤和裁の専属和裁士として働きながら勉強してきて、熱心な先生や親切な先輩たちに支えられて、やってきました。でも、まだまだですね。入学した頃、先生から「一人前になるのは、最低でも5年かかるよ」と、言われたんですけれど、この意味がわかるようになりました。一級に合格して「藤工房」に所属し、自宅で和裁の仕事をする一方、加藤先生の師範代として着付け学院の和裁教室で教えています。これからはもっともっと勉強して、自分の技術を財産にしていきたいですね。
将来は、自分で指導者として、多くの人たちに日本の伝統美を教えていきたいです。
池崎美枝子
1972年4月14日生まれ。高校卒業後、加藤和裁学院に入学。全国コンクール入賞、一級合格後、独立。結婚後、和裁教師として活躍。
 
吉野由香
1970年9月10日生まれ。専門学校卒業後、加藤和裁学院に入学。全国和裁技能コンクール2年連続入賞。千葉市優秀青年技能者賞受賞。現在ミセスコース講師として活躍。
◆技術を『財産』と言える喜びを実感しています。
私が和裁を始めたきっかけは、高校のゆかた製作の実習時、先生に「縫い目がきれいね!」と誉められたことでした。それから、もっと高い技術を身につけたいと思い、この学院に入学を決めました。当たり前ですが、和裁は全て手縫いです。正直、単純作業の繰り返しと考えていました。でも現実はそう単純なものではなかったのです。先生、先輩たちの技術の高さ、速さ、正確さ、着る方への細やかな心遣い、学ぶこと全てに驚きと発見の連続でした。そして、『自分は続けていけるのか?』と不安になることが多くなりました。でも、『今投げ出したら何も残らない!』と自分に言い聞かせて技能検定2級まで必死にがんばりました。でも、この頃から徐々に和裁の本当の面白さが身を持って分かってきたのだと思います。納期のきつい仕事が楽しかったなんていうのも、この頃でした。
そんなときから10年続けていますが、まだまだ勉強、技術に終わりはないと思っています。加藤和裁で学んだからこそ今の自分があるのだと思っています。
技術を身につけることは大変ですが、ここではそれが可能です。技術を『財産』と言えるよろこびを少しずつですが実感しています。
◆多くの人たちに日本の伝統美を教えていきたいです。
私は将来、自宅で出来る仕事がしたいと思い、藤工房和裁学院に入学しました。
はじめは先輩のやっている作業を見て、「自分にこんなことが出来るのか・・」と不安でした。しかし、枚数をこなすことによってその不安は少しずつ減っていき、さらに先輩方のように手早く丁寧な仕事が出来るようになりたいという思いで、多くの枚数をこなすように心がけました。しかしそれは楽なことではなく、辛いと思ったことも何度となくありました。1日の限られた時間の中で、着物を1枚仕立て上げなくてはならなかったからです。
プロの和裁士としてやっていくには当たり前のことだといわれていたので、日々時間と戦いながら縫っていました。その反面、クリアできたときはすごくうれしかったです。そしてその時期を乗り越えられたからこそ、今の自分があるのだと思っています。
現在は、京都校で技術を教える立場としてやっています。立場が変わってみて和裁の本当の難しさが少し理解できたような気がします。
今まで先生方から、たくさんの技術・知識を教えていただいたように自分も生徒たちに伝えていきたいと思っています。
梨本愛
1976年4月11日生まれ。高校卒業後、加藤和裁学院に入学。全国和裁団体連合会全国大会優勝。加藤和裁に就職後、京都校主任講師として活躍。